居酒屋での出会いと別れ、そして出会う

      2017/05/13

小さな居酒屋の作り方、運営者の大久保です。

 

居酒屋を続けていると、出会いもあるし、別れもある。

その別れがご縁で、出会うこともある。

 

まだお店を出したばかりの1998年。

一人の小柄な女性が、常連になってくれた。

 

僕のお店のオープン直後の午後5時すぎ、彼女は一人でやってくる。

30代の可愛い人だ。

日本酒と魚料理が好きで、週に1〜2回来店してくれていた。

 

「わたし、猫またぎって呼ばれるんです」。

 

屈託無く笑う彼女は、本当に魚料理が好きなようだ。

 

猫またぎとは、猫もまたいで通るくらいに、骨まで魚をしゃぶり尽くす人だそうだ。何しろ彼女が食べた後は、骨に身が一つも付いていない。

 

とても愛おしそうに、時間をかけて魚料理を食べてくれる。

「何とお呼びすればいいでしょう?」という僕の問いに「マルダイ」と呼んで欲しいと答えてくれた。

「マルダイ」とは彼女の実家が銀座で呉服屋をやっていた時の屋号だそうだ。

 

「美味しいお魚が入ったら、自宅に電話をください。」と言われたので、たまには自宅に電話をかけていた。だが彼女はいつも忙しいようで、お母さんに伝言だけ伝えたりしていた。

 

マルダイさんは、日本酒も焼酎も好きだと言った。

当時お勧めしたのは、福井県の黒龍という日本酒。僕も一度だけ蔵にお邪魔をしたことがある。

すると、「マルダイ」さんも行ったことがあったそうだ。だが、一般の人は見学できませんと、受け付けてもらえなかったらしい。残念だったねと、笑ったのを覚えている。

 

そして、彼女は花も好きだった。僕がカウンターに飾っている花の説明をしてくれた。僕は花を飾ったりするが、花の意味なんて知らなかった。

ある日、飾っていた花の名前は「ワレモコウ」。赤い小さな花だ。それを見た「マルダイ」さんは、「このお花、好きなんです。漢字で書くと吾亦紅。我もまたくれない。お互いにお酒を飲みあって、顔が赤くなることを言うんですよ。」って教えてくれた。

 

そんなことが続いていたのに、ある時から全然顔を見せなくなった。

その時にキープしていたボトルが、まだ僕の手元にある。

 

 

MARUDAIと桜の絵

 

サメテハマタヨイ 1999,3,25

 

 

このボトルを入れてから、なぜか3〜4年も音沙汰なしになってしまった。

最後に遊びに来てくれたのは、いつだったか覚えていない。

それが最後になるとも思っていなかった。

マルダイさんは「じんさんの鰻が食べたくて、遊びに来ました。」と笑顔で言ってくれたのだが、その当時はもう鰻や魚料理を出していなかったのだ。

キープしていたボトルを出したら、「そんな古いの、とって置かなくてもいいのに…」と言って、日本酒を1杯だけ飲んだ。

 

1杯しか飲んでいない彼女は、帰り際に、よろけてしまった。

そんなに飲んでいないはずなのに…。

「大丈夫ですか?」と聞きながら、ドアまで見送ったのが最後になった。

 

数年後、彼女の悲報を新聞で知った。

 

「杉浦日向子、2005年7月22日、46歳の若さで死去」

 

マルダイさんは、「杉浦日向子」という作家だ。

 

今も手元に、そのボトルと、遺族の方がくれた本がある。

 

追記

 

遺族の方は、僕を探して訪ねて来てくれたのだ。

詳しくは、こちらのページでご覧ください。。

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